喋る日記帳

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給料が高いと裕福なのか

給料が高いと裕福なんだろうか。

 

この話を考える時、OBの超優秀な先輩の話を思い出す。

給料が高い=仕事の責任が重いことだぞ。だから、俺はそこそこな企業を選んだ。

 

 

木暮太一さんの「僕達はいつまでこんな働き続けるのか?」も同じ様な主張をしていた。

給料の決め方が労働力を提供するために必要な経費がいくらかかるかによって決まっていると述べている。

 

給料の金額を決めるのは、その人の「努力量」でも「成果」でもありません。では、給料の金額は何にもとづいて決まっているのでしょうか?

さきほどお伝えしたように、多くの日本企業では、給料は「必要経費方式」で決まっています。それは「生きていくのにこれくらいお金がかかるから、その分を給料として渡そう」という意味でした。

 

 

すなわち、毎日の労働力を提供するために必要な家・食事・ストレス解消・家庭の維持、これらにかかるコストを給料をしているのです。

年収がいきなり高い企業というのは、それ相応のストレスがかかるということです。

だから、それらの負荷を解消するための、食事・遊びに対して膨大なコストがかかる。

結局、そんな生活してたら給料が沢山あっても、支出も莫大になってしまう。

つまり、高給取りでもお金が溜まりにくいし、溜まらないし裕福でもない

 

どんな層でも、結局裕福になるためには、予想されている費用より出費を抑えることが解決策だろう。

 

だからこそ、節約の重要さを主張していきたい。 

 

僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか? (星海社新書)

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