喋る日記帳

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孤独の紛らわせ方 音楽と踊り

孤独は辛い。多くの人は語る。

孤独でいると、生存率が下がる。

そのため、本能は孤独に否定的であり、孤独は辛いものだと思わせている。

分業が発達した今では本能に反して、孤独でも割と生きていられるようになってきた。

 

今では、孤独を紛らわすために様々な娯楽が存在している。

 

世界特有であるといえるものは祭りだ。

多くの集落は、祭りの際に音楽を奏で、踊った。

私は、寂しさを紛らわす為ではないかと思っている。

孤独を避けるために、世界中のどこでも音を奏で、体を動かす。

そうした気の紛らわせ方で、孤独をいやしていたのではないだろうか。

 

 

 

特に顕著というのは、祭りの際には音楽を奏で、体を動かすことだ。

そして場合によっては理性を失わせるお酒や薬を振る舞うこともある。

本能をむき出しにすることで、孤独を紛らわせているのかもしれない。

 

1人でも生きてける時代になってしまった。
そうした孤独を埋めるのは、SNS上の表面的な承認欲求などではなく、もっと本能に訴える集団的な融合なのかもしれない。

寂しさを感じるならば、音楽を聞き、一心不乱に踊る事が、解決策につながるのかもしれない。


うつ病などはリズム運動といった定期的な体を自分に合わせて体を動かすことが有効な手法であるとされている。
それはウォーキングなのでもよい。
好きな音楽を聴きながらリズムに乗って体を動かしながら歩く。

それは1人でもできる行動ではないのだろうか。

 

もちろん現代においては集団で薬を飲んだり、お酒を飲むことは行われている。
しかし、その機会は産業の発達とともに大きく減ってしまった。
また一人ひとりが自立して生きることができるようになったため、より機会が減ってしまった。
その結果多くの孤独を抱えた人々が増えてきているのかもしれない。

 

リジリエンスというストレス対策の本を紐解くと、動的リラックス法と静的リラックス法そのというものがある。
文字通り体動かしてリラックスするものと瞑想などをしてリラックス方法が挙げられていた。

 

どちらも歴史を紐解けば、古来から行われていることだろう。

それは人間の本能的な欲求なのかもしれない。

 

私たちは今後、より孤独になるだろう。

そうした時代に対しては、2つのアプローチがあることを覚えておいてほしい。

 

一人でも大丈夫な世界 

何からも逃げたくなる人は増えてる 

回避性愛着障害が引き起こす不幸 

 

リジリエンス

リジリエンス